::【29】 フェルナンド・アロンソ 2011

フェルナンド・アロンソ

フェルナンド・アロンソ
Fernando Alonso

スペイン人のF1ドライバー




父親がアマチュアのカートドライバーだったこともあり
3歳にして父親自作のカートを乗り始めた。

早くから速さで頭角を表しスポンサーからの支援を受けれたので、
決して裕福な家庭ではなかったが、レース活動を続けることができた。

1999年、スペイン人元F1ドライバー・カンポスの目にとまり、
カンポスレーシングからユーロ・オープン・モビスター・バイ・ニッサンにデビュー。
デビューレースで優勝、デビューイヤーにしてチャンピオンも獲得。

2000年、国際F3000に参戦。シリーズランキング4位

2001年、ミナルディーからF1デビュー。
競争力の低いマシンで獲得ポイント0ながら、高いパフォーマンスを見せ注目される。

2002年、ルノーとテストドライバー契約。

2003年、ルノーのレギュラードライバーに昇格、F1グランプリに復帰。
第2戦マレーシアで当時の史上最年少記録になるポールポジション、
レースでは当時の史上最年少記録になる3位表彰台獲得。

2005年、スペイン人初、当時のF1史上最年少でF1ワールドチャンピオン獲得。

2006年、2年連続でF1ワールドチャンピオン獲得。

2007年、3年契約でマクラーレンに移籍したが、
ルーキーでチームメイトのルイス・ハミルトンと確執が生じ、
チームとの関係も悪化、残る契約を破棄し、1年でマクラーレンを離脱した。

2008年、2009年、ルノーに戻るものの、マシンの戦闘力不足で苦戦。

2010年、フェラーリに移籍。ランキング2位。

2011年、フェラーリ。



アロンソ登場前のF1スペインGPは
テレビで見ていても、それほど観客は多くなく、
明らかに2輪のWGP(現MotoGP)のほうが
スペインでは人気が高いようだった。
アロンソがF1で目覚ましい速さを見せるに従い
スペインでのF1人気も高まり、
現在ではスペイン国内でスペインGPとヨーロッパGP
事実上1国2開催となっている。
ミハエル・シューマッハ登場前後のドイツと
似たような状況だ。

2007年、2008年、京都の知恩院の会館ギャラリーで
「墨のF1展」を開催した時のこと。
会館の外に看板を出していたので
ちょこちょこと外国人観光客で興味を持った方が来場してくれた。
スペイン人のご婦人など、目敏く2006年アロンソのルノーの作品を見つけてくれて
「あらまぁ~」という感じで喜んでいただけた。
遠く日本の京都まで来て、
まさか母国の英雄のマシンが描かれた作品に出会うなんて、という感じだった。

F1のトップドライバーは皆、面構えが良いのだが、
中でもアロンソの面構えは際立っているように思う。
顔の上半分は、まるで(受験生の頃よく描いた)
ギリシャやローマ彫刻の石膏像のようだ。

スレッドテーマ:F1GP 2011:車・バイク

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コメント

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本人が、良くわからないんでやすが。
イイー面構えでやすなーー♪♪
イキイキしてやすね!
体調よさそー

コメント

::
体調はいつでも良さそうですよ~。
世界最高峰のアスリートですから、万全に整えているでしょう。

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