::【10】 バリチェロ

ルーベンス・バリチェロ_Honda

ルーベンス・バリチェロ
Rubens Barrichello
(母国語読みでは"バリッケロ")

ブラジル人のF1ドライバー


イタリアGPモンツァで今季2勝目~。
昨年、もう終わったドライバーと嘲笑された男が大復活。
もしホンダF1が撤退してブラウンGPになってなかったら、
今季は引退を余儀なくされていたかもしれないのだ。

20歳そこそこの若手が次々出てくる現在のF1で
グランプリの歴史を背負った30代後半のドライバーの活躍は嬉しいことです。



1991年、19歳でイギリスF3王者を獲得。
翌92年は国際F3000でランク3位(チャンピオンはあのルカ・バドエル)
93年、ジョーダンよりF1デビュー。
いきなり鮮烈な速さを見せ、チームメイトのベテラン、ブーツェンやカペリを凌駕。
セナが1周目でヒル、プロストなどをごぼう抜きしたので有名な雨のドニントンで
新人バリチェロも非力なジョーダンのマシンで2位を走り驚かせた(結果はリタイア)
同年日本GPよりチームメイトは全日本F3000からステップアップのE.アーバイン。
94年、95年とバリチェロ、アーバインのチーム内争いはなかなか見応えがあった。

97年からスチュワートのエースドライバーに。
00年からフェラーリ。
フェラーリではシューマッハの実質的セカンドドライバー扱いで
シューマッハの独走チャンピオン獲得に大いに貢献、タイトル争いをつまらなくしたことから、
「シューマッハの飼い犬」、日本では「ポチ」と揶揄されたり。。。

06年からホンダF1。ホンダのマシンの低迷期に当たってしまい、
07年には自身初の年間ノーポイント。
08年も成績は芳しくなかったがパドレーゼの記録を塗り替え、
F1での歴代最多出走記録を樹立。

09年、ブラウンGPで大復活。シーズン序盤はバトンの活躍に圧倒されていたが
Rd.11ヨーロッパ、13イタリアで勝利。
レッドブル勢が後退する中でバトンのチャンピオン争いの対抗馬となりつつある。

この作品は08年7月、鈴鹿サーキット遊園地内で開催された
「ブラジリアン・ドライバー展」ブースに出品するために描いた。

(2008年制作)



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