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::【14】 小林可夢偉 2007

07_小林可夢偉

小林可夢偉
Kamui Kobayashi

GP2ドライバー、TOYOTA F1チーム 3rd ドライバー


この作品は2007年9月、池袋のアムラックス東京での作品展に出品するため、
この年可夢偉選手が参戦していたユーロF3のスーツを着た姿を描きました。



先日の日本GP、金曜日にグロックが体調不良、
代わって3rdドライバーの可夢偉がフリー走行を走った。
そして次戦ブラジルGPにおいて、日本GPで負傷したグロックに代わり
ついに小林可夢偉がF1デビュー。
予選は11位、決勝レースでは同じTDPで育った中嶋一貴を抜き去り、
このレースで王者を決めたバトンを数周に渡り巧みにブロックするなど
とてもアグレッシブで印象的な走りを見せた。
ブレーキングゾーンでの数度の進路変更は許されない、危険だ、など非難する声も多々あったが、
レースの国イタリアなどでは、こうした熱い走りは評判悪くなかったようだ。
自分も結局のところ「抜いてやる!」「抜かれてたまるか!」という気持の伝わってくる
熱い走りを見せてくれるレーサーたちのレースが見たいので、
こういったレーサーの登場は歓迎だ。
そもそもセナやシューマッハだって、F1に登場した頃は危ないのなんの
いろいろ言われていたのだから。



小林可夢偉の名は、名前が印象的であったこともあるが、
「天才少年」「将来はF1に行くであろうカーター」として
かなり前から耳にし目にしてきた。

はじめて可夢偉のレースを見たのは2003年のフォーミュラ・トヨタ。
チームメイトの中嶋一貴と激戦を繰り広げていた。
結局、チャンピオンは一貴、可夢偉はランク2位。
可夢偉は翌04年からTDP支援で欧州へ渡る。
05年にはフォーミュラ・ルノー、イタリア選手権とユーロ選手権でチャンピオン。
06年、07年はユーロF3に参戦。

04年、05年と全日本F3を経験してきた一貴が渡欧、
以前より欧州でレース活動していた平手晃平とともに、
小林可夢偉は"TDP三銃士"と呼ばれていた時期がある。
トヨタ関係者から、TDP三銃士の中では
可夢偉への期待が一番高い、というような話を聞いたこともある。

08年、09年、可夢偉はGP2に参戦するとともに
トヨタF1チームの3rdドライバーに。
09年、GP2アジアでチャンピオンを獲得した。

というわけで、
ついにTDP期待の星がF1にデビューしたのである。



この絵の複製画を2007年11月、富士SWで開催された
トヨターモータースポーツフェスティバルで本人にプレゼントすることができた。
メディア関係者向けへの営業スマイルではなく、
周囲の関係者に「似てるかなぁ~?」と見せながら受け取ってくれて、
純粋に喜んでもらえたようで、自分としてもとても嬉しかった。
07年当時は、急速に有名になるつつ状況に戸惑っている
純朴なガキ大将風の青年だった。

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