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::【23】 坂本龍馬

坂本龍馬

坂本龍馬

日本の武士、浪士(土佐藩脱藩)、幕末の志士。



江戸時代末、土佐藩の郷士の家に生まれる。

(土佐藩では同じ藩士、武士とはいえ、上士と呼ばれる上級の藩士と
郷士と呼ばれる下級藩士は厳格に区別され、郷士は徹底して差別された。
関ヶ原の合戦前、土佐や四国を支配していた長宗我部氏の旧家臣が郷士であり、
関ヶ原後、土佐に入封した山内一豊が掛川城主だった頃からの家臣が上士である。)

龍馬は武市半平太が結成した土佐勤王党に加盟。
その後土佐藩を脱藩、江戸に出て勝海舟の門人となった。
勝が進めていた海軍操練所設立のために奔走し、神戸海軍塾塾頭に任ぜられた。
勝が軍艦奉行を罷免され神戸海軍操練所も廃止となった後は、
薩摩藩の援助を受け、長崎にて亀山社中という貿易商社を設立(後の海援隊)。
同じく土佐脱藩浪士の中岡慎太郎とともに、
敵対していた薩摩と長州の間を取り持ち、薩長同盟成立に貢献。
この同盟が倒幕、明治維新へと時代を大きく加速させていった。
また、龍馬が書き上げ土佐藩の後藤象二郎に提示したと言われる「船中八策」が
大政奉還実現も含め、明治維新政府の綱領の実質的な原本となったと言われている。
1867年、京都近江屋にて、何者かが押し入り、龍馬は中岡とともに斬られ、
明治新政府を見ることなくこの世を去った。
龍馬たちを暗殺した真犯人は諸説あるが、現在も真相はわかっていない。



龍馬は、司馬遼太郎の代表作である長編作品『竜馬がゆく』によって国民的ヒーローとなり、
この「竜馬」が世間一般での坂本龍馬のイメージとなったが、
実はこの小説で「龍馬」を「竜馬」としたのは
司馬がこの作品をフィクションとして書いたからではないかと言われている。
その後も龍馬は数多くの小説、映画、ドラマで描かれることとなり
それらで描かれた龍馬像は実像とはかなり離れてしまっているのでは?と指摘され
また、龍馬の業績とされているもののいくつかは論議をよんでいる。

現在(2010年)NHK大河ドラマ『龍馬伝』はかなり好評だそうで
龍馬ブーム、幕末ブームのきっかけとなっている。
実際、配役、演出、脚本など、とても見応えのあるドラマだと思う。
しかし、過去の歴史上の人物がヒーローとなって人気を博しているのは
つまり現実の政治家やリーダーには夢や魅力が乏しいということなのだろうか?

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