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::【25】 ロバート・クビツァ

ロバートクビサ

ロバート・クビサ
Robert Kubica

ポーランド人初のF1ドライバー



日本での名前の表記が「クビサ」「クビカ」など一定していないのだが、
ポーランドでの発音は「クビツァ」が近いらしい。

2003、2004年、ユーロF3シリーズに参戦。
2004年のマカオGPで表彰台をゲットしたが、
この頃はまだ未来のF1ドライバー候補ともてはやされるほどではなかった。

2005年ワールド・シリーズ・バイ・ルノーの初代チャンピオンとなり
翌2006年、F1 BMWザウバーの3rdドライバーに起用された。
金曜フリーやテストで好タイムを連発し注目を浴びるようになった。

2006年シーズンの途中、レギュラードライバーのジャック・ヴィルヌーヴが離脱、
代わってクビサがレースに起用され、
デビュー3戦目のイタリアGPで早くも3位表彰台を獲得、
一躍F1界で注目の的となる。

2007年からBMWザウバーのレギュラードライバーに昇格。
この年のカナダGPは、佐藤琢磨がSuper Aguriのマシンで
マクラーレンのアロンソをオーバーテイクし入賞し、
我々日本のファンにとっては思い出深いGPなのだが、
同じこのGPでクビサは身の毛もよだつ壮絶な大クラッシュに見舞われたが、
幸い、軽い脳震盪と捻挫という軽症で済んだ。

2008年、同じくカナダGPで、初優勝。
この優勝は本人だけでなくBMWザウバーにとっての初優勝でもある。

2010年、ルノーF1に移籍。
ワークスではなくなり戦闘力が下がったとみられていた
ルノーのマシンで何度も上位争いを演じ
F1界のトップドライバーの一人に数えられている。

フェラーリへのトレードの噂も出たが、
今年2011年もルノーF1で参戦することになっている。



2003年、オランダで開催されたマールボロ・マスターズF3で
僕はクビサの走りを見ているはずなのだが
特に印象がなかったのかまったく記憶に残っていなかった。

ちなみにこの時のレース、僕の記憶では
予選は、PP.ピケJr. 2番手クリエン、3番手ブリスコー
決勝は、優勝クリエン、2位ピケJr. 3位ブリスコー
だったと思う。
優勝したクリエンはこの3人の中では最も若かったが
翌2004年に早くもF1デビュー。
ピケJr.は説明するまでもなく、
ブリスコーはこの年ユーロF3のタイトルを獲得。
現在はIndyCarシリーズの名門ペンスキーに在籍。

マールボロ・マスターズとは
マカオGPと並ぶF3の世界戦で、
一般的にはマカオほど名高くはないけれど、
11月にアジアで開催されているマカオGPに比べると、
8月に本場ヨーロッパで開催されていたので
F1チームへのアピールという面では重要なレースだった。
2001年に佐藤琢磨が日本人初優勝を遂げている。



クビサがF1で大活躍をしていたある日、
モータースポーツ関連の資料を整理していたら
2003年マールボロ・マスターズで貰ってきた
Prema Power Teamのパンフレットが出てきた。
平中選手からサインを貰っていたので大切に保管していたのだ。
それを開いてみて驚いた。
当時のプレマパワーが3人だったのは覚えていて、
平中選手とブリスコーがチームメイトだったのだが、
もう一人はなんと!クビサだったのだ。
というわけで、さらに貴重なパンフレットとなった。

(2007年制作)

スレッドテーマ:F1GP 2011:車・バイク

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