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::【26】 小林可夢偉 2011

kamui kobayashi Sauber F1

小林可夢偉
Kamui Kobayashi

F1ドライバー、Sauber F1 Team 所属


2009年、トヨタF1チームのグロックが日本GP予選クラッシュでの負傷が原因で
シーズン終盤の2戦を欠場することとなり
代わって3rdドライバーであった小林可夢偉が出場した。
この2レースでの走りは非常に印象的だったので、
翌年はトヨタでレギュラーに昇格してF1にフル出場することになるのでは?と見られていたが、
11月トヨタは突如F1より撤退を発表。

しかし、ザウバーでレギュラードライバーとして迎え入れられることとなり
2010年はザウバーよりF1にフル参戦した。
ザウバーチーム代表のペーター・ザウバーは
2009年可夢偉のデビュー2レースでの走りに強い感銘を受け契約、
「カムイは資金を持ち込まずにF1チームに加わった最初の日本人ドライバー」
と発言したそうだ。
だが、序盤戦はマシントラブルに悩まされたり、レース序盤で接触があったりと
結果を残すことがなかなかできなかった。
しかし、シーズン中盤からマシンの改善もあってか、安定して入賞できるようになった。
特にバレンシアや鈴鹿では印象的なオーバーテイクを何度も見せて入賞した。
決して競争力の高いとは言えないマシンでの走りが評価され
母国日本GPより前、9月には契約更新が発表された。

2011年は序盤戦より目覚ましいレースを見せ、安定して入賞している。
予選では新人のチームメイト、ペレスの後塵を拝することが何度かあったが
決勝レースでの安定感は抜群で、チームメイトとは水をあけている。
特にモナコGPではモナコでの日本人最高位の5位入賞を果たした。
トップチームへの移籍も期待されたが、
7月末という早い時期に2012年のザウバー残留が発表された。

(2011年8月23日現在)



ユーロF3時代の小林可夢偉は以下
小林可夢偉 2007



2011年8月9日、可夢偉が鈴鹿市長を表敬訪問する予定になっていた。
この作品はその際、鈴鹿市より訪問の記念品として可夢偉に贈るため
鈴鹿市の伝統工芸品「鈴鹿墨」の青墨とアクリルカラーで描いたのだが、
訪問当日、可夢偉本人の体調不良で急遽訪問は中止となった。
翌日、体調がいくらか快復したということで
可夢偉の出身地である兵庫県尼崎市への表敬訪問は実施され
末松則子鈴鹿市長も尼崎市を訪れ、尼崎市長と同席して可夢偉と面談。
その際に原画が贈られた。

末松則子鈴鹿市長&小林可夢偉

スレッドテーマ:F1GP 2011:車・バイク

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