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::【4】 森監督

森監督_西武ライオンズ

森 祇晶 
もりまさあき

元西武ライオンズ監督

じつはかつて西武ライオンズ・ファン、パリーグ・ファンでした。
ライオンズのファンクラブにも入っていました。
西武線沿線の都立高校に通っていたので地元意識があったのかも。



83年、広岡西武VS藤田巨人の日本シリーズを見ていて、
西武を応援している自分の心に気づき、以来西武ファン。
森監督率いる「秋山、清原、デストラーデ」「工藤、渡辺久、郭泰源」の
西武ライオンズ黄金時代にはいい思いをさせてもらいました。



やがて94年に森監督が西武を去り、96年に清原和博が巨人に去り、
自分自身モータースポーツに加えJリーグ熱も高まってきたこともあり、
ライオンズというかプロ野球そのものに対する関心度が低くなりました。
キャパってものがありますよね。



現役時代の森昌彦捕手といえば、
V9巨人を支えた頭脳的プレイヤーだったことは知ってたのですが、
「グチ森」とか「岐阜の貯金箱」という異名があり
巨人の星でも暗く怖いイメージだったし、
少年野球ファンにとってはあまりカッコイイ存在ではなかったです。

広岡監督時代の森コーチは広岡監督の管理野球を実践する立場で
選手やファンからも嫌われ者のイメージでした。
なので、暗いイメージの森氏が西武の監督に就任した時、
作戦参謀としては有能だろうけど、一軍を率いる将としての器はどうなんだろう?
と素人ファンにとってはいささか懐疑的でした。

しかしひとたび監督になると、選手が主役、監督は黒子、という姿勢を崩さず、
中心選手とは起用法について納得がいくまで話をするなど、
清原、石毛、工藤をはじめとする一騎当千の選手たちをまとめあげ、
常勝西武時代を作ったのでした。

このイラストは某ビジネス雑誌の依頼で描いた作品です。

(2009年制作)

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コメント

::
これはこれは、、、
黄金時代の監督、森さんですね。
7点取っても送りバント、、、
そんな野球に当時の大沢親分がモノ申していました。
「野球をつまらなくするんじゃねぇ!」って。
名将といえども地に落ちた横浜のチームを優勝へ導くことは出来ませんでしたね。

…で、イラストのレフトの守備は誰を使うか悩んでいるんですか?

コメント

::
うりぼうさん、
コメントありがとうございます。
確かに石橋を叩いても渡らないようなシブ~い野球をしたりしてましたよね。でも案外大胆な采配をふるう時もあったんですよ~。
横浜では名将古葉監督も成功しませんでしたね。フロントに対する不満を言ってましたけど。。。

イラストは、森監督はピッチャーを除く8つのポジションのうち、7つはレギュラーで固定してたんですけど、1つ決めずに競わせていたんです、という感じ。

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